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【インタビュー】一緒に生きる時間を積み重ねることが、島では大事だと思うんです


2022/05/26

移住者インタビュー

東京都出身、豊泉誠さん(47歳)の場合

島の商店や飲食店、宿泊施設など、主に地元の個人事業主をサポートしているのが、「商工会のトヨ」こと新島村商工会・経営指導員の豊泉さん。手厚い支援で地元の信頼も厚いトヨさんの、知られざる新島移住物語とは?

新島への移住

音楽がつないだ新島への旅

新島に来たのは今から12年くらい前だったかな。当時33、34歳くらいだったから、わりと遅くに移住したほうだと思うんだけど、新島村商工会の職員に採用されて西東京から島へ引っ越してきました。

もともと実家は西東京に店を構えるお茶屋さん。日本茶インストラクターの資格も持っているんだけど、20代はバイトしては旅行して、という感じでフラフラしていたんだよね。そのうち家業が厳しくなって実家を手伝うことになったんだけど、関係性がダイレクトに反映される家族経営の難しさに直面して、結局うまくいかず廃業することになって。

ちょうど同じ時期につきあっていた彼女とも別れることになって、縛られることが何もなくなったので、だったら今までできなかった海外に出ようと思ったの。最初はフィリピンで3か月英語の勉強をして、その後、ずっと行きたかったインドへ。その後はアジアを転々として、1年ぐらい放浪しました。

インドに行きたかったのは、そこで始まったレイヴパーティに興味があったから。もともと音楽が好きで、ちょうどフジロックが始まった頃だったこともあって野外フェスに行くようになって。そのうちに、いろんな音楽をかけながら朝まで踊るレイヴパーティの存在を知って、こんな世界があったんだって衝撃を受けたんだよね。

それで休みのたびに山に行ったり海に行ったりしてパーティに参加しているうちに、いつか本場に行ってみたいなという思いが強くなって。実際に行ってみると、イメージしていた雰囲気とはだいぶ違っていたんだけどね。それでもそれなりに楽しんで、その後にはヨガの聖地へ行って、ヨガで自分のバランスを整えることを覚えたり。このときインドで得た経験は、今でも自分の基準になっていると思う。

インドでの1コマ

そうやって旅行して帰国したら、気づけば30すぎていて。いざ仕事しようとしても、全然仕事が見つからない。それまで築き上げてきたものもなければ、これがしたいという目標もないから、何度面接を受けてもバイトすら受からないわけ。これはヤバイ、どうしようと困っていた時に、知り合いから「こういう仕事があるよ」と紹介してもらったのが新島村商工会の仕事だったの。

島で働くなんて全く考えてもいなかったんだけど、勤務地が新島と聞いて「行きます!」って即答したんだよね。なぜなら新島には音楽イベントで何度か来たことがあって、すごくいい印象が残っていたから。イベントもよかったんだけど、島へ行く船の中で新島の子と仲良くなったことがあって、その子たちが自分の島でイベントがあることですごく嬉しそうだったんだよね。

そのとき、たまたま台風が来て小学校の体育館に避難することになったんだけど、その子たちが食事を持ってきてくれたり、スナックに連れて行ってくれたり、すごくよくしてくれて。あと当時は新島港の前に売店が並んでいたんだけど、つまみを試食していたら売店のおばちゃんがごはんをよそってくれて、オレ何も買ってないのにお腹いっぱいになっちゃったり。

音楽やイベントに関わらない人もみんな優しくて、自分たちを受け入れてくれたという印象がすごくあって。他の田舎でもそんな雰囲気はあるけれど、新島はさらにコンパクトだから人の距離が近くて、会話が生まれるのがすごくよかった。景色もきれいだし、あんなにいいところに住めるなら行きたい!と思ったんだよね。

信用されないと島では何も始まらない

「新島に行く!」と言ったものの、自分で大丈夫なのかなとは思ったよね。経営指導員の欠員が出てオレが職員になれたんだけど、簿記の資格は持っているものの商工会が何するところなのかも正直よくわかってなくて。それなのに、いきなり偉そうなイスに案内されて「これからあなたは経営指導員です」と言われても、経営指導員ってなんだよっていう状態。

要するに地元の小規模事業者さんの経営や経理についてサポートをすることが主な仕事なんだけれど、当時は自分の仕事がよくわかっていなかったし、相談に来る人もなければ、こちらから話に行っても全然相手にされなかったんだよね。

もうひとつ驚いたのは、住む家がなかったこと。仕事で来るんだから、当然住むところはあると思うじゃない? なかったの。正確には用意してくれた家があったんだけど、初日の夜に隣の人からいきなり怒鳴りこまれてさ。

家はその人の持ち物らしく、どうも話がちゃんと通ってなかったらしくて翌日出て行くことになって。2週間ほど民宿にお世話になりつつ物件を探してもらったけれど見つからなくて、結局は建設会社の別荘の一部を冬の間だけという約束で貸してもらうことになったのね。そこは三面ガラス張りで、テニスコート越しに海が見えて、景色が最高。誰も来ないし、あまりの開放感から裸で過ごしたくらい(笑)。

別荘からの眺め。ロケーション最高!

それも出なければいけない時期になって、さあどうしようと困っていたら、今の大家さんが「うちの離れを使っていいよ」と言ってくれて。島に来て半年以上たって、ようやく家を見つけることができたんだ。

不動産屋さんがあればお金で解決できることだけど、今の環境だと島の誰かが信用してくれないと「うちの家を使ってもいいよ」と言ってもらえない。たとえ商工会で仕事が決まっていて、身元もしっかりしているとしても、島の人にとってオレは知らない人間だからね。他の移住者に聞いてみても、やっぱり家を貸してもらえるまでにはそれなりの時間がかかっている。

それだけ島は人と人の距離が近いってことだよね。よく知らない人を自分の生活のすぐ近くに置くかといったら、慎重になるのは当たり前のことで、だから外から来る人は島にいる人に信頼してもらう必要がある。逆にそれがないと島には住めないってことなんだよね。

サーファーになるはずが、まさかのオタクに⁉

オレは積極的に何かをしたいとか、目的があるというのではないし、まめにコミュニケーションを取って人と仲良くするようなタイプじゃない。そんな人間でもここはすごく居心地がよくて、気づけば10年以上暮らしているね。

むしろ、オレみたいな人間のほうが生活しやすいかもしれないと思うことがある。新島には面倒見のいい人がいて、むこうから「大丈夫?」と声をかけてくれたりするんだよね。趣味も性格も全然違っていて、ここでなきゃどう考えてもめぐり会わない人同士なんだけど、島にいるというだけで知り合える。つかず離れず、嫌にならない距離感でいてくれるのがすごく心地いい。移住者だから話せることも、島の人にはあるみたいだしね。

でも新島ってすごくオープンなイメージがあるじゃない? 朝早く起きてサーフィンしてアクティブに動いて、夏は友だちとワイワイ楽しんで…みたいな健康的なイメージ。オレも外で遊ぶのは好きだから、新島に住んだら当然サーフィンをやるもんだと思ってたの。

いつのまにか新島トライアスロン大会にもバイクで参加するように

それが、気づいたらアイドルオタクになってたっていう(笑)。オレが一番ビックリしているよ。というのも新島に来た時は「景色もいいし快適だし、ここ最高じゃん」と思っていたんだけれど、初めて新島の冬を迎えた時に、自分が弱っていることに気がついて。

そりゃそうだよね、30すぎて一人で知らない島に来てさ、冬の間ずっとビュービュー風吹いてるんだもん。気づいたら家に引きこもって、youtubeでアイドルが汗をかきながら歌って踊るライブ動画を繰り返し見て泣いてたの。

その時「オレやばい、すごい弱ってる」と気づいて、そこから東京に出るたびアイドルのライブに通うようになったんだけど、そうすると同じ人に何度も会うわけ。聞くと、同じ動画を見て泣いてたんだって。それで意気投合して、そのうちどんどんハマっていっちゃった。最近は仲良しのオタクも増えて、新島に遊びにきてくれたりなんだかんだ楽しく過ごしてるよ。

島に住んでいると簡単に都会へ遊びには行けないけど、でも、だからといって島に住まない理由には全くならなくて。東京にいたって好きなことがなんでもできるわけじゃないし、むしろ月に1回とか2回出かけるほうが気持ちの切り替えができる。だったら普段の生活を過ごしやすい場所で生きたほうが全然いいと思うんだよ。新島なら東京も近いしね。

あと新島のすごいところは、別にどこかへ行かなくても自宅のドアを開けるだけで気分がガラッと変わること。ドアを開ける、窓を開ける、それだけでとにかく気持ちがいい。朝は鳥が鳴いていて、夜は空を見上げると星が出て、月が見えて。それだけで、もう満足。うちから海まで歩いてすぐなんだけど、海まで行かなくても十分なんだよね。

家からすぐのビーチ
帰り道がこの景色
大好きな音楽に囲まれる趣味の部屋
ヨガもできる運動ルーム
いつもここでゴロゴロしてます

島で暮らすということ

助け合うというより、一緒に生きている

島で暮らすのに特別なスキルとか目標とか、意外と必要ないかなとオレは思っているんだよね。島であれやりたいこれやりたいと目標がある人は、それはそれですばらしいことなんだけど、そうじゃなくて普通に生きていきたい、自分のペースで生活したいという人も受け入れてくれるというか。そういう人でも孤立せずにやっていけるのは、新島ぐらいの規模のコミュニティだと思うのよね。

都内でひきこもっちゃうと本当に誰にも会わないし、地方でも地域との接点がなくて一人になってしまう気がするけど、島は距離が近いぶん他の人とどうしたって顔を合わせる。消防団とか、地域の活動で役割をふられる機会も適度にある。積極的に表に出ない子でも、意外と地域の中に居場所ができる気がするんだよね。

オレ自身も最初は消防団に消極的で、まわりも「何だこいつ」って感じだったんだけど、一緒の時間を積み重ねるうちにだんだん認めてもらえるようになって。仕事でも、少しずつ仕事を任されるようになっていったし。

都内だと完全な他人同士だからギクシャクすることがあるし、ルールもきちんと作らないといけない。でもここはみんな顔の見える関係だし、どんなに嫌な相手でも一緒に生活していくわけだから、そこまでひどいことは起きない。できないからお前はダメだ、と言われることもない。

助け合うというより、一緒に生きているというのかな。特別なスキルがなくても島で足りないことはたくさんあるから、できることをやればいいじゃんって許容してくれる場所だと思う。

だから競争社会で疲れた人でも、一度こっちに来てペースを変えてみるのもいいと思う。小さい場所だから選択肢が少ない分シンプルだし、実際そんなに必要なものはなかったりする。やりたいことができればすぐにできるし、役割が必ずある。違う場所に移ってみるという選択肢の中に、島があるのはすごくいいと思うんだよね。そのまんまの自分を受け入れて、そこからやりたいことに気づいていけばよくって。

やりたい思いが強すぎて目的に縛られると、それができなかった時に「ここはダメだ、帰る!」ってなっちゃうけど、なんとなく島にいるうちに認められるようになって、そのうちやりたいことが出てきた時に「やってみなよ、任せるよ」という流れになると思う。一緒に生活していくなかで、ここに暮らす人たちが喜んでくれることが見つかればいいよね。

今の仕事は「こんなことができたらいいな、あったらいいな」ということを提案して、それが実現することもある。自分たちが住む街を居心地よくしていく感覚がけっこう気に入っているんだよね。

職場にて

一生の思い出になる時間を作りたい

島にいると「まさか自分が」と思うようなことがたくさん起きる。オタクといわれるような趣味もそうだけど、想像とは全く違うライフスタイルになっているし。去年の夏、ライブに通っていたアイドルのファンと一緒にイベントを企画する機会があって、それが新島で実現できたことも、オレにとっては大きな出来事だったと思う。

これまで参加する側だった自分が作る側になってみると、来てもらうからには喜んでもらいたい、自分が体験してきたような特別な瞬間を少しでも感じられる場を作りたいと強く思った。コロナ禍での開催はすごく神経を使ったし、好きなグループ、それを一緒に見てきた人たちということでプレッシャーもあり、うまくできないこともたくさんあった。

イベント風景

でも受け入れ側になって改めて思ったのは、イベントで島に来ると思い出に残るってこと。オレもそうだったけど、イベントがなければ新島に来ない人もいるわけで、そうやって知らない人同士がたまたま集まって、同じモノを見て同じ景色を見て、同じ空間で同じ時間を過ごす。それってすごいことだと思うし、その時間の密度が高ければ、そこにいた人は一生新島のことを忘れないと思う。

それで、小さいことでもいいから毎年イベントをやろうと自分の中で決めたんだ。以前は外に出て発散するという感じだったけど、今は自分がいる場所で何か作っていけたらなって思っている。たまたま一人で来た知らない人同士が同じ瞬間を共有することで、新島がすごく特別な場所になる。そう思ってくれる人がいると感じることができれば、自分もここで暮らしていける気がしているんだよね。

イベントを支えてくれた島の仲間と

トヨさんのフローライフ

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